教員同士の関わり
先生方の仕事と関わり
なぜ、こんなことが起こったのだろう?
何がこのような行為に教員を駆り立てたのだろう?
それは2019年に起こった「教員による教員いじめ」のことです。
社会問題とされて当然のこと。子どもたちにいじめはいけない!と説いている教員が自らいじめ行為をするというところに、いったい何があったのか・・・。
学校と言う世界は、とても狭いものです。それゆえ、限られた人たちのみとの関わりになるのが当然と言えば当然のこと。
しかし、その中でやるべきことは様々。
教科指導についてはもちろん、生徒さんについての情報交換、学年体制について、分掌について、さらには部活動のことなど種々雑多とも思えるようにやることはあるのです。
誰もが忙しく感じていることは間違いありません。みんながわかっていることなのですが、誰も理解してくれない・・・などと思ってしまうこともありがち。
職員室という狭い空間に息苦しくなる、他の先生を常に気にしなくてはいけないように感じてしまう・・・。
多くの先生が、こんなことを感じていることを知ります。
この現状をどのように捉え、またどのように改善していくことが望ましいのか・・・。
働き方改革が叫ばれ、労働時間を短くしさえすれば良いと考えることが逆に多くの仕事を残してしまうことになっていないだろうか。
仕事は仕事として覚悟を持って臨んでいるのは当たり前ですが、それを端的に実行できない要因があるようにも感じます。
その一つが、教員同士の関わりです。
仕事を抱え込んではいないか
教員同士の関わりは、仲良し!で済むことではありません。各自が教員としての自覚の下で日々の業務に励み、新たな仕事にも取り組まねばならない現状において、仲良しだから自分の仕事を一緒にやってくれるだろうなどという甘い考えでは進まないのです。
一つの仕事を遂行するためには、先にも話した教員としての自覚の下で自分が今どのような立場にあり、どの仕事をどのような形で進めることが最適なのかをしっかりと判断することから始まります。
例えば、学年の仕事であれば学年所属の職員全員が関わる必要があるでしょう。担任がやるべきことだから、副担任は関わらなくてもいい・・・。
そう判断する先生がいるかもしれません。果たしてそうなのでしょうか?
担任だけがやるべき仕事は、実は限られています。担任としても、副担任に任せるのは申し訳ないなどという考えから、自分一人でやろうとしている。
頼むことは悪いことではありません。ましてや、若手を育てるためと思ったら、年上の先生の経験を借りたいと思ったら、一緒にやってもらうことは価値があること!
それを言える間柄が成立していれば、お互いが快く仕事につくことができるはずです。
ここからもわかるように、教員同士の関わりが上手くいっていれば、忙しくても楽しいと感じる面があるでしょう。
年代も違う、性別も、経歴も違いがあるがゆえに自分の知らないことをいっぱい持っている他の先生方。
そして年齢が近い先生方とは、共有できる時代や環境があったかもしれません。
そんなことに興味を持てるようになるのは、やはり話ができてからなのです。
わからないことを聞いてみる、以前の話しを訊ねてみる・・・
また、日常についての疑問をぶつけてみることなど、簡単にできること。
伝える、理解することの必要性
しかし、人は誰もが同じことを思い考えていることは稀なことです。
若手の頃にこう感じていました。
どうしてあの先生たち(年配の先生方)は、自分の仕事しかしないのだろう?
今でも同じように感じている若手の先生がいるかと思います。
しかし、ある時こう言われました。
「やることがあったら言ってよ!悪いけれど言われなくちゃわからないんだよ」これは決して自分の仕事だけをすればいいと思っていたのではないこと。
ただ、声をかけて嫌な思いをしたことがあったようで、それ以来は声がかかるのを待っていたようなのです。
年配の先生が、ジタバタしている私を見るに見かねて気をつかってくれたのでしょう。
それからは遠慮せずにお願いすることに決めました。
すると、私がやっていた仕事に対して「こんなこともやっていたんだね。よく考えた!」と理解を示してくれたのです。
もちろん、私も自分にできることは言ってほしいと伝えました。それは、その先生を理解したかったからです。
同じ空間にいても、互いの仕事は見えません。ましてや理解などできない・・・。
その延長上に、普段の関わりの空気感も変わったように感じました。
断っておきますが、その先生に迎合するわけではなく、会議では意見をぶつけ合いもしました。
しかし、だからといって関わりが悪くなるなどということはありません。
互いを理解しあうと、知りたくなる面もあります。自分との違いをどうしてだろうと考えるのです。
意見の根拠を知りたくなる。自分の根拠も聞いてほしい!
まず、お互いが納得することです。
それが強い口調になったりすると、周りは仲が悪いのでは?と思いがちになります。
人の感じ方は面白いものです。
職員会議は、お互いの考えを知る良い機会となります。
先ほどの話しと同様に、他の人の考えがどこから生まれてくるのかを確認できる場です。自分と違う意見があれば、すぐに否定するのではなく、なぜ?どうしてそう考えるのだろうと興味を覚えてほしいのです。
人は、とかく自分優先に物事を進めたがるものです。だから自分の意見を無理やりにでも通そうとします。
自分が絶対であり、正しい。他は間違っている、認められない。そう思うのでしょう。
もし、そんな思いで日々を過ごしていたら、他の先生を支配したくなる・・・。
それは大げさだとしても、自分を全体の中心に置きたがる傾向がみえてくるはずです。
チームは、リーダーがいて統率がとれます。しかし、自分の意見は押し付けません。
仲間の意見を必ず聞きます。
それは、チームを構成する人たちを仲間とし尊重しているからなのです。
教員同士が互いを尊重し、認め合うことは絶対に必要な事。
お互いを認められずに険悪な雰囲気を醸し出すと、職員室の空気感は間違いなく悪化します。
すると、生徒たちにも伝わり始めるのです。
これが一番困ること!
先生方の自覚が乏しいゆえに、起きることです。
教員としての姿勢
昨年の教員同士のいじめに見られる関わりは、自分が楽しいからという思いだけで行われたのでしょう。
いじめはダメ!と生徒たちに伝えている先生方の醜態が悲しくなりました。
人の成長段階のある時期に関わる教員として、教員としての自分の姿勢を見直してほしい。
教員同士の関わりを生徒たちに『いいな!』と感じてもらえるようにならねば!
互いを理解することを子どもたちに伝える役目である先生方が、まず教員同士を理解しあうという姿勢を持たなければ説得力がなくなります。
離職する先生が多くみられる昨今、教員同士の関わりはそれぞれが考えなくてはいけない問題なのです。
人は誰でも素晴らしいことを、唯一無二の存在であることをわかって関わって下さい。
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『学校の先生のための、元学校の先生による独り言』