先生!教えすぎないで
教師の役目
学校の教師として「先生」と呼ばれる皆さんの役目はどのようなことがあるのでしょう?
当たり前のようですが、教科の授業指導、クラス担当、校務、部活顧問、校外の出張・・・
数えればきりがないかもしれません。
生徒や保護者との関わりや、地域との連携のための仕事もあるでしょう。
さらに職員間の連携を図ることも必要になります。
すべて、一人の先生が担うわけではないのですが、一人に対する負担も大きいと感じます。
つまり、学校の先生に対する期待度の高さの表れから、このように授業指導以外の仕事も多くなるのです。
多忙な先生方ではあるのですが、やはり生徒に教科指導をキチンと行いたい!という思いが誰の中にもあります。自分の専門分野の指導をしたい・・・生徒にわかるように伝えたい。
これを先生は、「教えたい」という言葉で表すのです。
「学校の先生は、教えたガリですね!」と聞いたことがあります。
どういうことでしょう?教えるのが専門なので、何とも思わない!と言われてしまうかもしれませんが、ちょっと考えてみましょう。
先生の指導と生徒の学び
生徒は、学校に授業を受けにきます。先生は教えます。これで関係性は整うのですが、生徒が学ぶことは一方的な先生の伝え方だけではありません。
見て学ぶ、聞いて学ぶ、体験して学ぶ、調べて学ぶ、考えて学ぶ・・・
学び方は、様々あるのです。
ですから、「先生の教える」が「生徒の学び」にイコールであるかというと、そうではないこともあり得るのです。
生徒全員が、等しく物事を理解するこはありません。
先生の一様の指導が、当てはまらないこともあるのが実態です。
生徒が学びをどのようにして体得するのかを、一度見直してみて下さい。
生徒の学ぶ姿勢から、先生自身が自分の指導について振り返ることができます。
教科指導や生徒指導、部活指導などで、先生の個性が発揮される場面がありますが、しっかり生徒に伝えるためには、どのようにすればよいでしょう。
教えるが教えすぎない
このような例があります。
我が子が幼稚園でお絵かきがとても下手。だから親が付きっきりで教えている。
こう話す親御さんがいました。
子どもの意思はそっちのけで、親の見栄ばかりが見えてしまうこの状況。
子どもさんは、自由に思ったように描きたいのではないでしょうか。上手いとか下手ということではなく、その時の発想で形や色は生まれます。
親御さんは、子どもに教えることで上手く描けると思っているのです。つまり、単純な自己満足とも言えます。
教えれば上手くなる、もちろんその構図は間違っていません。
何をもって上手いというか?見たものをそのままに写し取ることができる、それだけを考えてはいないでしょうか。
これでは子どもの感性や発想は育たないのがおわかりだと思います
先生の仕事も、この感性や発想を伸ばすことと捉えてみて下さい。
何でもかんでも、先生の思う通り、考えるように子どもたちに教えるというのでは、先生のコピーが出来上がるだけです。
うまく伝わらなければ、子どもを叱ることにもなるでしょう。
子どもは悪くありません。先生の伝え方が良くないだけなのに・・・。
大事なことは、教えすぎない事です。
子どもたちは、一つのことから多くの発想を持つことができます。それを引き出すことが必要です。
部活などでは、特に教えすぎるきらいがあるように見えます。
子どもの発想で練習を計画してみる。生徒の自主性を尊重して任せてみる。
先生がいなければ何もできない子どもにはなってほしくないのです。
子どもたちの連携が生まれたり、視野も広がり自分たちで調べたり考えることにも繋がります。
教えることが専門の先生ですが、教えすぎると生徒にも、自身にもストレスがかかります。
教えすぎないことを、いつも頭に置いてみて下さい。
子どもから教えられること(学べる事)が増えるはずです。
教えることは学ぶこと!
教えすぎると苦しくなる!
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